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YUKA MANNAMI/まだ、夢見た旅の途中。 YUKA MANNAMI/まだ、夢見た旅の途中。

2017.9.13 Wed

転機とチャンス

東京に出てきたのは2015年。東京に相談していたヘアメイクの方がいて、「きてみたら」って言ってくれたのもあって、出てきました。
東京に来てからは、色んな人を紹介いただいて話をきいてもらう機会に恵まれました。それであるとき、「個性がないから売れないと思う」って言われたんです。
ああ、わたし大阪に帰るしかないのかなってけっこうショックだったんですけど、何もしないのも悔しいし、とりあえず紹介してもらった美容師さんにおまかせで髪を切ってもらうことにしたんです。
それで生まれたのが、今の眉上前髪。もしかしたらショートカットだったかもしれないんですよ。その変えた髪型で今の事務所に挨拶に行ったら、気に入ってもらえて所属できることになりました。
事務所への挨拶は、インスタグラムがきっかけです。仲良しのカメラマンさんと一緒に撮っていた作品を彼のアカウントにアップしていて、それを見た人からモデルのお仕事のオファーが来たんです。
そのとき、モデルはしているけどフリーでやっていると伝えたら、紹介してくれました。
5月に東京に出てきて、7月に決まったので髪を切ったことも含めて、すごくいいタイミングに恵まれたと思います。
事務所に入ってからは、意識がすごく変わりました。それまで趣味の延長的なところがあったのが、体調管理も意識が高くなったし、何よりモデルがどういうものか、というのが明確になった。
入ったばかりの頃は、何で食べていけるのかわからなくて、カタログとか雑誌の仕事をするのかな?って思ってました。それが所属したその月に、フェンディの来日ショーの出演が決まって、事務所に感謝しました。
わたしほんとうは全然ショーに出られる身長じゃないんです。だからほんとはオーディションも行く予定じゃなかったんですけど、たまたま事務所の先輩がこれから受けるから、あなたも行ってみる?ってノリで急に参加することになって。
普通ショーのキャスティングには、体のラインがきちんと見える服で行かなきゃいけないんですけど、急だったからいつものビンテージぽいロンパーススタイル。靴もヒールじゃなくぺたんこで。
海外のショーも担当しているキャスティングディレクターさんが来日していて、その人の前で歩いたら採用になって、そのままミラノのショーにも出ることになりました。何が気に入ってもらえたか考えると、やっぱりキャラクターだったのかな。
5年前だったらわたしの身長だとランウェイに出られなかったし、アジア人モデルっていえば切れ長一重のクール系一辺倒だったのもちょっとずつ変わってきて、その人自身の個性を重視する時代になってる。
そこにうまくはまれた感は否めないですね。
いちばんの転機はやっぱり、このときのフェンディのショー出演。
この経験がなければ、今海外でやってないと思います。

萬波ユカ

1991年生まれ。DONNA所属。2015年7月のモデルデビュー直後にユニクロのワールドキャンペーン、FENDIの来日コレクションショーに抜擢。同年9月にはパリコレ出演を果たし、以降世界のコレクション、広告で活躍。現在はNYを拠点に移し表現の場を拡張中。

YUKA MANNAMI
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